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第4章 吹っ切れない彼氏 / 第9話
次の依頼人は、一癖ある人物だった。
「この度は、よろしくお願いします」
薄茶の髪にダークグレーの瞳を持つ若い男性――礼儀正しく、第一印象は悪くはない。
「こちらにお掛けください」
「はい」
“リーシャ、待っててくれ”
テーゼの時と同じように、男性はルーナスの向かいに腰掛ける。
「まずは、貴方のお名前から聞かせてください」
「はい、アッシュと申します」
男性――アッシュはぺこりと頭を下げた。
「今回は、どなたの想刻をご希望ですか?」
「失踪した彼女です」
“リーシャ、どこに行ったんだよおぉ……!”
ルーナスに向ける顔は真面目なのに、アッシュの心の声は泣き叫んでいる。
「半年前のある日、突然、何も残さずにいなくなってしまったんです」
“リーシャあぁ……!”
あまりにも心の声がうるさい。思わず目を細めてしまった。
ルーナスは何も気付かずに質問を重ねる。
「彼女さんの顔は覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです!」
アッシュは初めて、心の声と同じトーンで返事をして身を乗り出す。ルーナスは驚いたのか、目を開いた。
しかし、そこはプロだ。すぐに微笑みが戻っていく。
「では、最初に彼女さんの似顔絵を描かせてください」
「あの……!」
アッシュは何か気に食わないのか、眉間にしわを寄せる。
「彼女には……リーシャという名前があるんです……!」
「あっ……。申し訳ありませんでした」
ルーナスは素直に小さく頭を下げた。
「リーシャさんの輪郭はどんな感じでしたか?」
「『でしたか』じゃなくて、現在進行系なんです!」
「申し訳ありません」
“たまにいるんだよな、こういう人……”
今度こそ、ルーナスは苦笑いをした。それにも気付かないのか、アッシュの瞳には炎が宿っていくかのようだ。
「輪郭は細くて、可愛いんです。目も丸くて、鼻も小さくて――」
「一つずつお伺いしますね」
アッシュの前のめりになった身体に、ルーナスは片手を伸ばす。今度こそアッシュは意味を理解したらしく、顔を紅色に染めながら照れ笑いをした。
ルーナスはテーゼの時と同じように、アッシュの言葉を丁寧に形に変えていく。ルーナスが鉛筆を少し走らせただけで、アッシュは「そんな感じです!」とか「違います! もっとこうです!」と指示を出す。こんな依頼人ばかりでは疲れるだろうな、とルーナスの身体が心配になってしまう。
似顔絵を描き終わった頃には、ルーナスの額には汗が滲んでいた。しかし、アッシュの表情は煮え切らない。
“リーシャって……こんな顔だっけ”
口をへの字に曲げ、似顔絵をまじまじと見る。
“鼻は……もう少し小さいか? いや、口が大きいのか?”
どうやら顔のバランスが気に入らないらしい。ルーナスは額の汗をハンカチで拭い、口を引き締める。
「どこか違うところがありますか?」
「……全部です。描き直してください」
「は?」と言いかけてしまった。口に手を当て、何とか誤魔化す。ルーナスは真剣にアッシュの言葉に寄り添っていた。それなのに、苦労をなかったことにするのだろうか。
ルーナスの顔を見てみると、嫌な顔一つせずにスケッチブックのページを捲る。
「じゃあ、また最初から伺いますね。輪郭は細めでいいですか?」
「はい。輪郭は間違いない……と思います」
“たぶん、合ってる。いや、彼氏の俺が間違えるはずがない!”
アッシュは何度か頷き、ルーナスの繊細な線に目を細める。
「目はどうですか?」
「大きくて丸いんです。笑った時はアーモンドみたいで」
“これも間違いない”
アッシュの言葉を反映し、この似顔絵はリーシャの笑顔が前面に出た。目だけを見ても可愛らしいな、と女の私が見ても思う。
「鼻は小さいんですよね?」
「はい。豆が付いてるだけみたいに小さくて……」
そこでアッシュの声が止まった。
“……本当にそうなのか? 俺は、ちゃんとリーシャの顔を覚えてるのか?”
駄目だ。これ以上続けても、ルーナスの体力ばかりを消耗してしまう。
「……ルーナス、ちょっと来てください」
「うん」
ルーナスの服の裾を引っ張り、私の部屋へと引き込んだ。ドアが閉まるのを待ち、声をひそめる。
「アッシュはリーシャの鼻と口を覚えていません。似顔絵を完成させるのは無理があります。目だけは覚えてるんですが……」
「うーん」
ルーナスは顎に手を当て、口を結ぶ。
“それなら、俺に考えがある。ああしよう”
何かを決意したように、ルーナスは一度だけ頷いた。
「ソレイユ、ありがとう」
「いいえ」
視線を交えるだけの短い会話を終え、アッシュの元へと戻る。アッシュはまだ悩みに悩んでいた。そのダークグレーの瞳は大きく揺れている。
「アッシュさん」
「……はい!」
ルーナスの声で、アッシュは肩を震わせた。
「今日はこの辺にしておきましょう。また明日、お話を伺いますから」
「はい……」
アッシュの覇気が一気に消え、しょんぼりと肩を落とす。
“ごめん、リーシャ”
その謝罪が、アッシュの今の心を全て物語っているようだった。丁寧に頭を下げ、成果を持たずにログハウスを去っていく。その背中をルーナスと二人で静かに見送った。
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