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第3章 親を待つ男の子 / 第7話
テーゼはルーナスの仕事ぶりをまじまじと見詰めていた。削れる木屑が小さな音とともに積み上がっていく。
輪郭が彫り終わり、いよいよパーツへと差し掛かろうとした時だった。遠慮気味なノックの音が響き、外の空気が部屋に流れ込む。
「テーゼ、帰るよ」
“夕飯の支度に間に合わなくなっちゃう”
あまり感情のこもっていない声に、テーゼは小さく肩を震わせる。
“叔母さん、もう来ちゃった”
「お兄ちゃん、僕、帰るね」
「そっか、もうそんな時間かぁ」
ルーナスも仕事の手を休め、テーゼの肩に片手を乗せた。
「五日後にまたおいで。その時までには出来上がってるから」
「……うん!」
テーゼは元気に手を振ると、女性についてログハウスを去っていった。ドアが閉まると、部屋が一気に静かになった気がする。張り詰めていた空気も解れていくようだ。
「ふぅ……。ソレイユ、大丈夫でしたか?」
「たぶん」
言ってはみるけれど、やはり心は疲れてしまった。子供の言葉に胸を揺らしながら耐えた時間は、一言で片付けるには重すぎる。
「ありがとうございました。ソレイユの一言がなければ、どこが似ていないのか判断できませんでしたから」
“特に母親の想刻は”
ルーナスは目を細め、作りかけの木彫りとノミを床に置く。
「コーヒー淹れますね」
「ありがとうございます……」
私の返事を聞くと、ルーナスはにこりと笑って立ち上がった。そのままキッチンへと向かう。
私は役に立てたのだろうか。あまり自信がなく、目線を落としてしまう。コーヒーサーバーに液体が溜まっていく音と、コーヒーの香ばしい匂いが部屋に充満する。どうしようもないくらいに落ち着いていく。
「ソレイユ」
名を呼ばれて顔を上げてみると、マグカップを二つ持ったルーナスがそこにはいた。
「私はこれからどうするべきなんでしょう」
このままではいけない気もするし、そうではない気もする。
「時間はたっぷりありますから。今すぐに決めなくても大丈夫ですよ」
「はい……」
自分の行く先に黒い靄がかかっているところを想像することしかできなかった。
コーヒーを受け取り、口へと運ぶ。砂糖もミルクも入っておらず、爽やかな苦味がさらに心を落ち着けていく。
「ソレイユも、今回の仕事で何か感じることはありましたか?」
「はい」
テーゼはただ、両親との再会を夢見ていた。何の欲もなく、普通の生活を望んでいるだけだった。こんなに純粋な願いは、私は初めて聞いたかもしれない。
ルーナスは遠くを見詰め、温かな笑みを灯す。
「ソレイユに仕事を頼んでよかった」
「……私には、テーゼのように……誰かを愛する資格があるんでしょうか」
「愛する資格がない人なんていません」
いつもは穏やかなルーナスが、この時ばかりは声を張った。それならば、私が愛する人はどんな人なのだろう。そこまで考えそうになってやめた。
「俺は、ソレイユがオーレを家族のように愛してくれるなら、もう言うことはありません」
“あの子には、きっと俺だけじゃ足りない”
ルーナスは風のように笑い、そっと腰を下ろした。
そこへオーレの心の声が響く。
“あー、楽しかったー! 明日は何しようー!”
元気に帰ってきたようだ。ほっと胸に手を当てたところで、豪快にドアが開く。
「ただいまー!」
「おかえり」
私とルーナスの声が重なる。ルーナスは少しだけ驚いたように私を見たけれど、すぐに笑顔へと戻っていった。
そうだ、夕飯の準備をしていない。何を作れば喜んでもらえるだろう。
「何か食べたいものはありますか?」
「ハンバーグ!」
オーレが即答する。今までで一番の難題かもしれない。
「少しだけ待っていてくださいね」
そう言ってエプロンを纏い、準備に取りかかる。
出来上がったハンバーグは、見た目はよくなかった。でも、味は成功したと思うのだ。
「今日のご飯美味しいー!」
その証拠に、オーレは声に出して言ってくれた。
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