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第8章 別れたくなかった友 / 第21話
その依頼人は泣き虫だった。
ドアがいつものようにノックされ、黒髪の男性が姿を現した。
「あの……よろしくお願いします!」
床に付きそうな勢いで頭を下げ、声を震わせる。
ルーナスはその若い男性の肩を叩き、にこっと笑う。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「はい……」
男性は勢いよく鼻を啜る。赤く腫れた瞼が、ここに来る前も泣いていたであろうことを示していた。
“クリス、どこにいるんだよぉ……。あの時、何で俺は……”
心の声も泣いている。クリスとの間に何があったのだろう。気にはなるけれど、先に飲み物を出さなくては。甘いものにしよう。はちみつとレモンをコップに加え、氷水を注いだ。男性に渡すと、頭を下げてくれた。
「ありがとうございます……」
しょんぼりと呟くように言うと、はちみつレモンを一気に飲み干す。よほど喉が渇いていたのだろう。
まだ泣き止んではいないものの、顎に力を入れて堪えているようだ。
“なんであの時、喧嘩なんかしたんだろう”
恋人、だろうか。喧嘩別れなんて、聖女時代はよく耳にしていたから不思議ではない。
ルーナスはテーブルの上で手を組み、小さく頷いた。
「では、お話を聞かせてください」
「はい……。今回依頼したいのは、俺の親友なんです」
親友――意外な言葉に、首を傾げてしまった。別れで大泣きできるほどの友は、私にはいないのだ。
ルーナスは一瞬だけ、何故か遠くを見詰める。
“ユリオン……”
それは一度だけルーナスの口から聞いた、『本物の英雄』の名だった。ルーナスは男性の涙に何か感じるものがあったのだろうか。しかし、すぐに職人のルーナスの顔へと戻る。
「貴方のお名前を聞いてもいいですか?」
「はい、ジェイクと言います」
また男性――ジェイクは鼻を啜り、今度こそルーナスの方を向いた。
「俺の親友のクリスは、近所の幼馴染だったんです。でも、本当に些細なことで喧嘩をしてしまって……真相を突き止めようとしたあいつは、この町を飛び出したんです」
喧嘩の原因が気になりすぎる。でも、私は話し相手ではないし、私が踏み込んでいい内容でもない。聞けるときが来るのなら、その流れに任せよう。
ルーナスはスケッチブックを取り出し、鉛筆を握った。
「では、クリスさんの顔の特徴を聞かせてください。輪郭はどうでしたか?」
「男の俺が言うのもなんですけど、整った顔でした。逆三角の顔で、目は切れ長で……」
そこまで言うと、ジェイクの瞳は涙で滲んでいく。彼にとって、それほど大事な人なのだろう。気が付けば、ポケットにしまっていたハンカチを取り出し、ジェイクに差し出していた。彼はそれを自身の顔に押し当てる。
“はぁ……。助手さんにまで心配されるなんて、俺は弱いな……”
『助手さん』という言葉に、耳をぴくつかせる。私は助手に見えるのだろうか。初めて私の立場が伝わったので、胸がほんわりと温かくなった。
「鼻はどうですか?」
「鼻も細い三角ですね。すっと通っていました」
ルーナスは慣れた手つきで鉛筆を動かしていく。ジェイクと似顔絵を見比べながら、ルーナスの仕事を見守る。
鉛筆が置かれると、スケッチブックには絶世の美男子と言っていいほどの似顔絵が完成していた。これで性格がよければ、町の中でもかなり持て囃されていただろう。
「こうやって見てみると、本当に俺が親友でよかったのかって感じですよね」
「人は見た目ではありませんよ」
微笑んでみせるルーナスに、ジェイクも苦笑いをする。ジェイクの涙はいつの間にか止まっていた。
“これで、少しは前を向ける、かな”
どうやら似顔絵の出来にも満足がいっているようだ。心の声だけではなく、目にも光が戻っている。私がルーナスにジェイクの本音を伝えるまでもないだろう。
「では、よろしくお願いします……!」
「かしこまりました」
ルーナスとジェイクは、友のように握手を交わす。男の友情はどこで生まれるか分からないものだな、と微笑ましく眺めていた。
“でも、本当にこれでいいのか……?”
ジェイクの心の声が耳に届く。何のことを言っているのだろう。このときの私は、まだ理解が及ばなかった。
ジェイクは最後に顔を拭き、ハンカチを返してくれた。手を振るその笑顔には、名残惜しささえも感じる。
「ジェイクとは友達になるんですか?」
「それは分からないよ。友情なんて、知らない間に出来上がっていくものだから」
そういうものなのだろうか。私には分からず、ルーナスと同じように手を振ってみる。将来、私にも友が出来るのだろうか。そんな未来が来ればいいな、と淡い期待を抱いてしまった。
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