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第15章 沈黙のエルネス / 第43話
そんな時に、オーレの部屋のドアが開いた。
「おはよー」
オーレはパジャマのまま、まだ眠たそうに瞼を擦っている。
「おはよう」
反応できたのはエルネスだけだった。その声にオーレは目を大きく開く。
「エルネスだー! なんで教会に行っても遊んでくれなかったのー?」
「大事な調べ物をしてたから。ごめんね」
「それならいいよー!」
オーレは小さな足を懸命に動かし、エルネスに飛び付いた。エルネスも表情を緩め、オーレの頭を撫でる。エルネスの心に、さらに自分を責める嫌な考えが芽生えていないことを祈るのみだ。
ルーナスもオーレに微笑みながら、エルネスに神経を尖らせている。
「オーレ、着替えないとな。ほら、行くぞ」
「うん!」
“今回はソレイユの方が役に立てそうだから。ちょっとだけエルネスをお願いするよ”
ルーナスは私に目配せをし、オーレの手を繋ぐ。私も静かに頷き、去っていくオーレを愛おしそうに眺めるエルネスに視線を向けた。それに気付いたのか、エルネスも私を一目見て、また視線を落とす。
「滑稽だよな。教会を告発した人間が、教会に利用されてたかもしれないなんて」
「そんなことはありません。きっと、これは教会への反逆なんです」
「反逆?」
エルネスは一瞬だけ呆気に取られたようだったけれど、すぐに笑顔に変わった。
「ソレイユは面白いことを言うね」
「私は至って真面目です。私たちはこれ以上、教会の言いなりにはなりませんから」
今までは教会にいいように使われていただけだった。ただ、民衆を一致団結させるための道具に過ぎなかった。でも、これからは違う。自らの意思で、自らの道を歩いて行くのだ。
ぎゅっと奥歯を噛むと、エルネスはふんわりと微笑む。
「流石、聖女様の言葉だ。説得力がある」
「元です」
きっぱりと言い切ると、エルネスは「あはは」と大きく笑う。ところが、笑わない私を見て冷静さを取り戻したのだろう。頬杖をつき、口角は上げたままで息を吐く。
「ソレイユはいつから笑ってないんだ?」
「いつでしょう。きっと子供の頃から、ですね」
私には頬の筋肉が動いた記憶はない。この能力のせいで、私が笑わない第一の原因となった両親の心も追い詰めたのだろう。
エルネスは瞳を揺らすと、テーブルの上に置いた私の手に自分の手を重ねる。
「今なら、ソレイユの気持ちが分かる気がする」
自分の行動に、自分で驚いたのかもしれない。エルネスははっと口を開け、すぐに手を離した。照れ隠しのためなのか、そのまま頭を掻く。
「いつか、俺が笑わせてみせるよ」
その自信はどこから湧いてくるのだろう。私はルーナスに笑わせてもらいたいのに。小さく首を傾げると、エルネスはまた笑った。
オーレの部屋のドアが開き、軽やかな足音が近付いてくる。
「ソレイユ、ご飯ー!」
「トースト焼いてくるから。ちょっと待っててね」
「うん!」
オーレにせがまれ、席を立つ。少しでもエルネスの気持ちは楽になっただろうか。私でも役に立てたのならいいな、と感傷に浸ってしまう。
すれ違いざまに、ルーナスは心で声を掛けてくれる。
“ソレイユ、ありがとう。エルネスの表情も、だいぶ柔らかくなったよ”
振り返ってみると、エルネスは私にひらひらと片手を振ってくれた。ほっと胸を撫で下ろし、キッチンに向かうのだった。
教会のことは誰かに任せたのか、エルネスは一日このログハウスにいた。ルーナスも約束通りノミを持たなかったので、いい話し相手になったのだろう。そこにオーレも混ざり、にぎやかな空間となった。
いつものスケッチブックを手にしながら、ルーナスはオーレと遊ぶエルネスに話し掛ける。
「なあ、エルネス。初めて会った時のソレイユって、ムスッとしてたよな」
「何でそんなことを聞くんだ?」
「あの頃のソレイユを想刻しようと思うんだ」
「……は?」
エルネスは面を食らったように、ぽかんと口を開ける。
「ソレイユはここにいるだろ?」
「うん。でも、あの頃のソレイユは、もうここにはいないから」
「そういうことか」
ルーナスの思いをくみ取ったのか、エルネスは何度か頷いた。
「俺は何も言わない。ルーナスが思うソレイユを想刻するのが一番いいからな」
「だよな。んー……」
ルーナスの視線は私の方へと移る。無言で見詰められると照れてしまう。笑うこともできず、そっと視線を落とした。
「やっぱり思い出すしかないか」
ルーナスはまたスケッチブックと睨めっこを始める。
私には印象に残っているルーナスの言葉があるのだ。
「あの時、ルーナスは心で言ってました。『この人の目は、あの時のオーレの目と同じだ』って」
今にして思えば、教会の前に捨てられた時のオーレの瞳のことを言っていたのだろう。私も相当怯えていたのだな、と思い知らされる。
“怯えてて、寂しそうで、ムスッとした目……”
ルーナスは眉間にしわを寄せて唸ってから、「あっ」と声を上げた。
「思い出した。ありがとう、ソレイユ」
言いながら、一気に瞳を描き切ったようだ。私はスケッチを見せてもらえていないので、出来栄えは分からない。
「ルーナス、俺にも見せろよ」
「駄目だよ。これは俺のための想刻だからな」
どうやら、私だけではなくエルネスとオーレにも見せないつもりのようだ。覗き見ようとする二人の視線から、スケッチブックを避難させている。
「ぼくにも見せてよー」
「出来上がってからな」
「ぶー」
オーレは八つ当たりなのか、エルネスの太腿に一発だけ拳を見舞う。エルネスは僅かに顔をしかめた。
「オーレ、暴力は駄目だぞ?」
「だってー」
“ルーナスが意地悪するんだもん”
これは意地悪ではなく、恥ずかしがっているだけだと思うのだ。訂正の仕方が分からず、エルネスと顔を合わせるしかなかった。
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