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第10章 厄災を憎む妹 / 第29話
二日後、来訪者があった。一通の封筒を持った郵便配達員だ。私はオーレと遊んでいたので、ルーナスが対応をする。
「確かにお届けしましたよ」
「ありがとうございます」
ドアが閉まり、小さな音が鳴る。ルーナスは送り主を見た瞬間、表情を強張らせた。
「誰からの手紙ですか?」
「ベティだよ」
てっきり、ここに乗り込んでくるかと思ったのに。戸惑いながらも、少し安堵してしまう私がいる。ルーナスが手紙を持ったまま椅子に腰かけるので、私もその隣に腰を下ろす。
どんなことが書かれているのだろう。気にはなるけれど、ルーナス宛だ。私が先に読むわけにもいかない。
ルーナスは震える指先で赤い封蝋を開けた。便箋を取り出し、息を詰める。緑の瞳は文字をなぞると、深い息を吐いた。
「……想刻再開だ。木を取ってくる」
ルーナスは便箋をテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。そのまま外へと出ていってしまった。
手紙の中身がどうしても気になってしまい、そっと手に取ってみる。
* * *
ルーナス様へ
貴方にそんな過去があったのですね。私はやはり英雄様を許せませんし、もしかしたら貴方のことも嫌いになるかもしれません。
ですが、想刻は別の問題です。私は遺された者として、行く先をしっかり姉に見せなくてはいけません。そのために、私には想刻が必要なんです。
姉の分身である想刻を憎むことはないでしょう。
ベティより
* * *
短い文章の中にも、大きな葛藤が見て取れた。嫌いになるかもしれない人が作ったものを愛する――容易くできることではない。
唇を噛み締めると、玄関のドアが小さく鳴った。
「ソレイユも読んだ?」
「はい」
ルーナスが微笑むので、私も小さく頷く。
「嫌うなら依頼しなくても……って思ったけど、依頼は依頼だ。最後までやり遂げなくちゃね」
ルーナスは木片をそっと撫で、想刻をする定位置に座り込む。私もその隣に腰を下ろし、そっと吐息をついた。
「ぼく、外で遊んでくるねー」
「うん。いってらっしゃい」
オーレはルーナスが遊び相手になってくれないと分かったのだろう。着の身着のまま、ログハウスを飛び出していった。ルーナスは玄関のドアを見詰めたまま、そっと目を細める。
「俺が遊び相手になってあげるのが一番いいんだろうけど……」
“仕事を理由にしたら、きっと駄目なんだろうな……”
確かに、親代わりが目を離すべきではないのだろう。かと言って、仕事を蔑ろにはできない。何より――。
「町にはオーレくらいの歳の子がいるんですよね?」
「うん。たくさん」
「それなら、子供たちだけで遊ばせた方がいいですよ。オーレの将来のためにも」
友達が増えるだけではなく、社会性が身につく。子供だけの遊びは何よりの勉強だ。
私ができなかったことを、オーレにはさせてあげたい。オーレが笑顔で振り返ったところを想像し、何度か頷いてみる。
「ソレイユはオーレの立派な母親代わりだな」
「そうでしょうか?」
「うん」
子供に笑顔も向けられない私が立派だなんて。罪悪感を覚えるのに、頬だけは熱くなっていく。
ルーナスは無言で木片に向き合い、ノミを握った。ひと削りするたびに、その音と香りが私の心を慰めてくれる。いつの間にか、想刻をするルーナスの隣が私の静かな拠り所となっていた。
* * *
五日後、想刻の引き渡しの日となった。オーレが外へ行こうとドアを開けると、丁度ベティが姿を現したのだ。
“あれ? この子……”
「いらっしゃいませー」
「……いらっしゃいました」
オーレとベティの微笑ましい挨拶が交わされると、オーレは外へ飛び出した。ベティはきょとんとオーレの後姿を見詰める。
ルーナスは半歩ベティへと歩み寄った。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……」
“あの子、想刻師さんが引き取った子だったんだ”
何やらオーレの事情を知っているようだ。気にはなるけれど、下手に勘ぐると私の能力がバレてしまう。
「こちらへどうぞ」
「はい」
客人の対応をするルーナスを黙って見ていることしかできなかった。ベティが腰を下ろしたので、私とルーナスも向かい側へ静かに座る。
“もしかして、想刻師さんっていい人……? でも、厄災の時は、布マスクを縫ってただけだって……”
ベティの瞳は、ルーナスを見詰めたまま揺れる。
「想刻、完成しています。どうぞご覧になってください」
「はい……」
“そうだ。今日は姉さんを受け取りに来たんだから”
ベティは青い布に包まれた想刻に目を移し、息を呑んだ。そして、その手はゆっくりと布を剥がしていく。
すぐにベティの目は見開かれ、口に手を当てた。
「姉さん……」
震える声は、部屋を悲しみで満たす。
“救えなくて、ごめんなさい”
ルーナスも自分を責めるように、そっと瞼を閉じた。
ベティを玄関まで送り、想刻を見届けようとした時だった。ベティは振り返り、ルーナスを見上げる。
「あの」
「どうしました?」
「あの子、一時期、町で噂になってた子ですよね? 娼婦の捨て子だって。本当かどうか、分からないですけど」
「えっ?」
思わず声が漏れ、眉をひそめてしまった。ルーナスも怒りのスイッチが入ったらしく、目をしかめて口を結んでいる。
「町の大人たちからあの子を庇ったのが想刻師さんだったんですね。少しだけ、見直しました」
ベティはにこやかに微笑むと、玄関のドアを開けてゆっくりと一歩を踏み出す。
「ありがとうございました」
その表情からは、悪意は全く感じられない。それなのに、モヤモヤするこの心は何なのだろう。
「あんな噂、大人が勝手に言いふらしたデタラメなのに」
“まだ信じてる人がいたんだ”
ルーナスはきつく拳を握り締める。
「オーレは純粋で素直な子です。生みの親がどうであろうと、オーレに変わりはありませんから」
“分かってる。でも……。大人になってから理解したんじゃ、遅いんだ”
子供の頃に言われた大人の無遠慮な嫌味や皮肉は、大人になってから心をずたずたに切り裂いてくる。
分かるだけに、ルーナスの心の声に反論ができなかった。
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