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第9章 悲劇の親子 / 第24話
二人の依頼人は、聖女時代に散々私を傷付けてきた人たちに似ていた。
王都から依頼人がやってくる――事前にその知らせをルーナスから聞いて、私は彼の助手を辞退しようかとも考えた。しかし、過去から目を背けていては何も変わらない。それを依頼人たちには教えられてきた。姿や声を知らない依頼人を拒絶するのは違う。目を逸らすのはやめたのだ。
大雨が上がり、空が澄んだ頃だ。人の話し声が聞こえ、窓を覗く。ぬかるんだ獣道を歩く、場違いな貴族姿の夫婦は到着前から荒れていた。
「何でこんな所に呼びつけるの⁉ ドレスが駄目になったらどうしてくれるの!」
「おい、叫ぶんじゃない。聞こえていたらどうする」
「だって……!」
ドアを挟んでいても聞こえる声量だ。呆れながら、ルーナスと顔を見合わせる。
「ソレイユ、無理しなくても大丈夫だよ?」
「私、見届けるって決めましたから」
一度決めたことは、なるべくなら曲げたくない。もしそれで傷付いたとしても、私の責任だ。誰も責めたりはしない。
拳を握った時、ドアは開かれた。
「失礼しますわ」
焦げ茶髪の夫人はドレスをたくし上げた手を放し、優雅に膝を折る。後ろから姿を現した茶髪の紳士も腰を折った。
「こちらへどうぞ」
ルーナスは緊張した面持ちで夫婦をテーブルへと促す。
“小汚い家だこと”
夫人から漏れた心の声に、眉をひそめた。汚いのはどちらだろう。そう言ってしまえたらいいのに。
夫人は私の前に、紳士はルーナスの前に腰を下ろす。吊り目に真っ赤な口紅――姿だけ着飾っている。私が嫌いな人種だ。
「イアン様とジュディ様で間違いはありませんか?」
「ええ」
ルーナスが確認すると、夫婦――イアンとジュディは揃って頷いた。ルーナスはスケッチブックを広げ、目を細める。
「今回はどなたの想刻を?」
「……息子です。依頼状に書いたでしょう」
「申し訳ありません」
つんとしたジュディの態度に、ルーナスは肩を竦めた。
“俺、貴族と話すのは初めてなんだ。何か不手際があったら教えて”
ルーナスの悲鳴にも似た心の声に、思わず手に力を入れてしまう。相当な重圧だろう。声に出して応えてあげられないことが悔やまれる。
「九歳……でしたよね」
「ええ」
表情一つ変えず、イアンとジュディは頷いてみせる。この人たちは、本当に息子を失ったのだろうか。あまりにも淡々とし過ぎている。
違和感さえも口にできず、その場を見守るしかない。ルーナスは鉛筆を握り、職人の顔へと変わった。
「まずは息子さんの輪郭から教えてください」
「……彫刻するのではないのですか?」
「そうですよ」
「絵を描く必要はあるのですか?」
ジュディは目を細め、これまでの依頼人が抱かなかった疑問を口にする。ルーナスを見下しているのだろう。口も若干、歪んでいる。
「顔全体が分からないと、彫刻が出来ないので。必要な工程なんです」
「ふうん」
今度はイアンが小さく声を漏らした。
“本当に腕が立つ彫刻師なんだろうな……”
イアンは疑いを持っているのか、探るような目でルーナスを見る。そんなに信用できないのなら、依頼なんてしなければいいのに。とはいえ、想刻師なんて他では聞いたことがない。もしかすると、夫婦にも並々ならぬ事情があるのかもしれない。そう思い直すことにした。
「では、輪郭を教えていただけますか?」
ルーナスは再度、夫婦に質問を投げかける。
「丸形です。私に似ていますね」
イアンは静かに答えた。ルーナスはイアンの顔を確認すると、一気に輪郭を仕上げる。これには夫婦も目を見張った。
“これは……できる男かもしれない”
イアンの心の声に、私も息が深くなる。この調子でルーナスが技を見せつけていけば信用させられるはずだ。
「目はどうですか?」
「丸いですが、目尻は上がっています。私に似ています」
今度はジュディが声を張る。ルーナスはジュディの目をちらりと見て、目をさらさらと描いていく。鉛筆の芯が擦れる音が心地いい。
「鼻は?」
ルーナスが聞くと、夫婦は顔を見合わせた。
“鼻なんて、覚えてないぞ?”
“私に似ていた……のでしょうか?”
心の声ですれ違いが起きる。夫婦は互いに眉をひそめ、口を曲げた。
「一度、私の鼻のように描いてもらえますか?」
「分かりました」
イアンの言う通り、ルーナスはイアンの鼻を真似て描いていく。それで納得できないのか、夫婦は首を捻る。
「今度は私に似せていただけます?」
「はい」
ルーナスは一度描いた鼻を消し、ジュディの鼻に似せる。またしても夫婦は眉をしかめた。
“あの子は誰に似ているの……?”
息子の顔を覚えていないなんて。二人は息子を愛していたのだろうか。さらなる疑問が私の胸に浮かび上がる。
夫婦の戸惑いを察知したらしい。ルーナスは描き直した鼻も消して、また別の鼻を描く。丸いイアンの鼻と筋の通ったジュディの鼻を足して二で割ったような形だ。
描き上がった鼻を見て、夫婦はようやく頷いた。
「次は口ですね」
「それは覚えていますとも。主人に似ています」
ジュディの言葉を受け、ルーナスは迷いなく口を描き切った。髪や耳も描き足し、似顔絵は完成した。夫婦は満足そうに口角を上げた。
「では明日、彫刻を受け取りに来ますので」
「ちょっと待ってください」
ルーナスは立ち上がろうとする夫婦を慌てて引き留める。
「明日、明後日で完成する物ではありません。五日間、待っていただけますか?」
「えっ?」
イアンは口をへの字に曲げ、ジュディは顔をしかめて不快感を露わにする。
「貴方は仕事が早いからと噂で聞いたから依頼したのですよ?」
「五日でも早い方なんです。どうか、完成までお待ちください」
ルーナスは下げなくてもいい頭を下げた。ルーナスの顔に泥を塗る訳にもいかないので、私も頭を下げてみせる。ジュディは鼻から息を吐き出した。
「依頼を取り下げたくはありませんから、仕方ありませんね」
“なんてのろまなんでしょう”
あまりに失礼な物言いに、ジュディを睨みつけたくなってしまう。拳を作って堪えたけれど、ルーナスがいなければ罵倒していたかもしれない。
「では、また五日後に」
イアンとジュディは来た時と同じように丁寧な挨拶をし、颯爽とログハウスからは離れていった。まるで嵐が去ったかのようだ。
ルーナスはその場にしゃがみ込み、深い息を吐く。
「疲れた……」
“貴族って、みんなああなのかな……”
項垂れたくなる気持ちは分かる。苦労をねぎらうように、ルーナスの背中を撫でてみる。
「ソレイユ、黙っててくれてありがとう」
“絶対に、文句を言いたくなったよね”
「文句なんて、言ってしまえばあの二人と同じになってしまいますから」
同じ土俵になんて立ちたくない。口を尖らせて、二人が去っていったドアを睨みつけた。
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